青学准教授の件
ここ数日、青山学院大学の瀬尾佳美准教授の暴言で青学の掲示板が炎上する様子を興味深くウォッチしていた。
まあ、准教授の発言がいかなるものか、さらに事件の経緯についてはまとめサイトがあるのでそちらをごらん頂きたい。(このまとめサイト、いかにも執拗であって、これを一読すればネットの恐ろしさが身にしみます)既に新聞や雑誌等でも報道されているし。
まーちょっとは引用しとかないとあれなので、僕的に味わい深かったとこね。
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私としては、女子学生に多額の奨学金を貸し出すのはなんとなく気が引ける。
光市の母子殺害事件の被害者みたいに、借りるだけ借りておいて、卒業したら間髪いれずに孕んでそのままぜんぜん働かず、
挙句の果てに平日の昼間から家でぶらぶらしていたため殺されちゃうなんてことになっては回収不能になるからだ。
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当該ブログがゲロ以下であることは他の人が散々言っているので別段付け加えることもない。なにやら心にひどい傷を負っているようで、その怨念がああしたことを彼女に書かせているように思えて、若干気の毒に思いもした。
この程度の暴言は、2ちゃんねるではありふれている。それだけなら驚かない。僕も含めて人間なんてそんなもんだろ。ただ、実名、肩書き付きでこれだけひどいことを書き散らした例はあまり知らない。
ブログとHPを九つやっていて、どれも結構記事がある。そういう事が好きだったんだろうけれど、思ったことをブログでそのまま書けば、時には命取りになるとは全く想像しなかったのかなと思う。
で、僕が呆れたのは、むしろその後の対応の拙さ。
一応謝りはしたものの、どこのどの辺が拙かったかには触れず、「報復や私的制裁のターゲットはわたくし個人にしてください。どうかゼミ生やゼミ板に対する迷惑行為はやめて頂きたいのです」と書いた。
(実際にはゼミ生に対する攻撃などは僕は確認してない。やった奴はもしかしたらいるかも知れないけれど、一番迷惑をかけているのは自分のヤバいブログに学生の顔写真と実名を載っけている自分自身である)
さらに、文句があるなら掲示板でやらずにこっちのメアドにメールをくれと書いた。(フリーメールなのがさらに反感をかった)その「お詫び」が掲載されたブログは数時間後には認証式になって閲覧不能になってしまった。(もちろんそのサイトのコピーはネット中に確保されてしまっているが)
お詫びの文面も数時間ごとに変更を繰り返した。
青学の対応も拙い。これは引用しておこう。
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本学教員のブログ上の記述に関する学長見解
本学の教員が、個人的なブログのなかで記している文章については、さまざまな
ご批判をいただいております。青山学院大学は、キリスト教信仰にもとづく大学と
して、建学の精神、理念、教育方針を掲げて学生の教育に当たっております。この
ような本学の姿勢に照らして、当該教員の記述は適切でなく、また関係者のみなさ
まに多大なご迷惑をおかけしたことはまことに遺憾であり、ここに深くお詫び申し
上げます。
今後このようなことが繰り返されることのないよう努めてまいります。
大学長 伊藤 定良
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これは二重に拙い。第一に、謝罪とあるが、誠意が感じられない。「本学の教員」とあるだけで実名を載せていない。日付もない。とりあえずあやまっとけという態度が見え見えである。これでは危機管理としては逆効果である。
第二に、不用意に謝ってしまったのが拙い。青山学院大学は、教員の思想や発言に責任を持つ=教員の業務とは無関係な思想や発言の自由を時には制限するかも知れないという宣言になってしまっている。この件については、apj@山形大学氏が筋の通った議論をしているのでご参照のこと。ただ、これについてはあくまで建前上拙いというのが僕の見解である。apj@山形大学氏の議論は原則論としては正しいと思うけれど。(apj@山形大学氏のブログでは、前後のエントリーでもこの件について触れられているのでご参照願いたい)
で、この事を毎日新聞が報道した。
記事内には、「伊藤学長は25日、「子供の命を0.5人と数えるのは社会通念上、適切ではない」と、本人に口頭で注意」とある。
これに対し、准教授は「学長に注意は受けていない。それどころか学長とは面識がない」とよせばいいのにブログで発言。毎日新聞の捏造でないとしたら、自分とこの職場のいい加減ぶりを宣伝する形になった。
もうここまでくると、間抜けすぎて笑う気にもなれない。
僕だったら、准教授の立場に立たされたら(まあ、ここまでひどい事態というのは想像できないが、不手際をやらかして祭られる可能性というのはなくもないわな)ブログはそのままにして、本心はどうかはおいて、心から謝っているような印象を与える謝罪文を一つ掲載し、それきり更新はしない。お祭り騒ぎにネタ(燃料)を追加するのは自殺行為である。
大学側は、まずは調査中とのコメントを出しておく。で、こんなアホは何か理由をつけて早々に首を切るべきであった。抗議を受けてではなく、あくまで組織として自主的に。
そもそも「殺人一件、傷害致死一件」と書けばいいところを、「永山事件の死者は4人。
対してこの事件は1.5人だ(まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことで
すぐ死んでしまうので、傷害致死の可能性は捨てきれないと思っている)」
などと書いてしまう粗雑ぶりである。モラルが最低なのは明らか。論理構成力もひどい。こうした繊細な話題を扱うにもかかわらずこの曖昧な表現で、文章力も一般人以下なのは明白である。
「私は少年に対する死刑には原則反対だ。理由は日本では18歳になっても選挙権がないから。選挙権もないのに、義務だけあるのは気に入らない」
というのを見て、この人が学者であると信じられる人はどれくらいいるだろうか。いつから生存権の例外的停止と選挙権が天秤の両側になったのだ。
ちなみにご専門は環境経済学だそうだが、『リスク理論入門―どれだけ安全なら充分なのか』とやらいう御本を出しておられるそうだ。
よほど学者として優秀ならかばってやる価値もあるだろうけど、この程度でありながら、肩書き付き、署名で手当たり次第に名誉毀損を続け、そのあげくに大学に迷惑かけまくるようなのをかばってやる価値はないと思う。大学ってそんなに甘いところなのだろうか。
最後に、電凸した連中についてであるが、apj@山形大学氏は、「今回、当該准教授の表現に対して、大学にクレームをつけた人達は、大学に監督責任や連帯責任があると主張したに他ならない。その主張が簡単に通る社会のいきつく先がどうなるかについては、多分何も考えていないのだろう」と書いている。でも、自然災害に文句言っても仕方ないよね。それに、感覚的には電凸した連中に共感できる所もなくはないよ。
うーん。ここまで書いたのだが、この稿が矛盾を内包しているの、バレバレでしょうね。
それはapj@山形大学氏が提起する問題である。大学は、(あるいは組織は)構成員が、こうした問題を引き起こしたときに、それに対して責任を持つべきか。謝罪はするべきか。処分は下すべきか。
僕はケースバイケースで、こんな場合は首をきっちまえ、と思うんであるが、もっと問題が小さい場合はどうか。こんな不用意な、幼稚な悪意をそのままさらけだしたような間抜けな事例ではなく、個人の深い信条に根ざした問題である場合はどうなのか。この場合は大学であるが、これが一般の会社だったら。
とりあえず結論はつけず、これから考えていくべき問題と言うことにしておく。
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