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2008年6月21日 (土)

スウィーニー・トッドをみた

19世紀イギリスの都市伝説に表れる殺人鬼を題材にしたブロードウェイ・ミュージカルの映画化。
きったねえ、欝々じめじめした街ロンドンが舞台。

フリート街の床屋、ベンジャミン・バーカーは最愛の妻、幼い娘と共に幸せな生活を営んでいた。だが、その妻を見染めた判事タービンによって無実の罪を着せられ(「愚かさの罪」としか出てこないんだが。やるなタービン)終身刑とされる。
15年後に脱獄したバーカーは漂流中に若い船乗りに助けられ、ロンドンに帰ってきた。判事への復讐だけを望む“悪魔の理髪師"として。

映画化と言っても基本ミュージカル仕立てです。最初字幕音声の切り替え画面を見て、日本語音声がなかったんでへえと思って観出したら、突然歌い出してちょっとのけぞりました。

いや、堪能しました。徹夜で二回見た。ミュージカルは一度しか観たことがないんでいいとかわるいとか言えません。ただ、前に見た時も(キャッツだったが)言葉が分かんないのに大いに堪能したので、僕はミュージカルが好きなのかもね。

スウィーニー・トッドと判事が同じ歌詞を歌いながら意味するところは全然違ったりするシーンなどとても印象的でした。いざ喉首かっきらんとした時に邪魔が入ったり入らなかったりする、いかにもミュージカルっぽいコミカルなシーンも大変よろしい。わたくしそのたんびに大変どきどきしました。

ま、確かに歌は本業でない方々であるそうで、「よく頑張ってるなあ」という感想でしたが、ジョニー・デップの歌は悪くないです。さすがミュージシャンだっただけのことはある。でも台詞喋ってる時のがやっぱり凄いというのも確かなところかと。

R-15です。それでもちと規制が緩いかもと思うくらい絵的に血みどろ。さらにお話は輪をかけて救いようがないので、そういうのがお好みでない方は避けた方がよろしいかと。

とにかくこの街がね。景気が悪いし、階級社会だし、司法は腐ってるし、食糧不足で食う肉はないし、衛生も悪くてゴキブリはぞろぞろしてるし、疫病は流行ってるし、公害で街は灰色。下水の臭いが漂ってくるようなじめじめした雰囲気がたまらないです。そりゃお店にきたお客さんを手際よく精肉したくもなりますよ。他に肉がないんだから仕方ないよね。何の肉か知らない人が食う分にはただの肉だし。
これが舞台。

こういうご時世に観るには最適な映画だと思います。昨日は雨も降って湿気が凄かったし。

で、その舞台で活躍するのは、類型的と言えばそうだけれど、素晴らしい造形と言うしかない登場人物達。心理の動きも一々納得がいく。ひどく単純なお話と言えばそうですけれど。

以下ややネタばれ。登場人物紹介。

監獄で15年ひどい目にあって、復讐だけを心の糧に生きてきたけれど、そもそもの妻や娘の事は忘れてしまった、当時の記憶もなんか曖昧、そばにいる女があんなに思ってくれててラブビーム全開なのに、全然幸せになれない。救いようのない哀れな男。自分の内側ばかり見つめているのだろうか、きわめて無表情だが、必要な時だけはちゃんと表れる営業用スマイルが怖い。
そんな男に惚れこんだだけで、他にはそれほど罪のない女。(いやガキ関係はひどいな)

この二人は精肉業のなかなか合理的な工場を設計運営する手腕を発揮しましたが、あいにく産廃の処分で詰まってそれが破綻の原因になる。

小心で助平で、女にもてる努力の方向を間違っているイケメンおじさん。あらゆる意味でひっじょうに鈍く、それでいて自分は神さまの側に立っていると確信しているタイプ。最近はお仕事がちょっとおろそかかな。スウィーニー・トッドの奥さんを手籠めにする際の、そそるなぁ、でもいけないことだよなぁ、でもいいよな、許されるよな、だっておれだし、みたいな表情がたまらなくヤラシイ!
御洒落を気取っているけれど、かわいそうなことにひどくぶさめんな小役人。
かわいいだけでは生きていけなくて、もうなんというか正視できないほどかわいそうなことになってしまった元美女。
男どもの幻想を一身に投影される身だが、ちゃんと話を聴いてもらった事があるんだろうか。今日下痢気味ですの、とか言っとけ。15年変態に幽閉されていたので既にひどくペシミスティックになっている。今後がとても心配な美少女。
さわやかで明るくて心正しく、「ロマンチストなのね」と皮肉でいわれても、何を勘違いしたか逆に嬉しそうな顔をするくらい愛嬌があるが、あいにくながら致命的に間の悪い船乗り。こちらも将来が心配。
善良だしよく働く、とても好感がもてる少年。でも残念。既にアル中。

そんな普通の人たちが一生懸命、そりゃもうなんでそんなに情熱的なのってくらい一生懸命がんばるお話です。(筒井先生も「人間みな病気」って言ってたし普通だよね)

でも、そんな筋書きのお芝居がとっても美しい。

カタルシスは控え目。僕としては最後の絵くらいなもんですが、陰々鬱々とした気分に浸りたい方はどうぞどうぞ。僕は大好きだ。

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2008年6月20日 (金)

死神呼ばわりは

わるくちになってないとおもいますた。さつじんきとかそういう表現ならまだしも。
全ての死を定められた存在に、その時がきたら訪れる、そんな存在とおもてたよ。生きることに疲れ果てた人にとってはあるいは慈悲深い存在であるとでも。

いくらなんでもそりゃお世辞の言いすぎ。死刑は人が人を裁くきわめて野蛮なシステムでしょう。そんな美化の仕方はよくないね。

でも、まあ朝日新聞さんはわるくちのつもりで言ったと思うから、それは気の回しすぎかな。

法律にしたがってお仕事をしてるだけなのにわるくちを言われるのは変だって話は、まあ痛いニュースで名無しさんがみんなで言ってるからいいや。

しかし新聞が時々すごくおかしいのは、やっぱり大人の事情があるからなのかなぁ。

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2008年6月17日 (火)

疲れたら休むのもいいけど

昨日不安発作が来たときに飲んだ頓服のせいで、今日は一日眠くて仕方なかった。

仕事を終えて、何人かの友人と電話をしたりメールをしたり。

今心配な友人が一人いる。多分仕事に疲れてしまって、退職してひきこもってるんだと思うんだが、もっと怖い想像とかしたりしなかったりである。

この前15年間ひきこもっている人のニュースを読んだけれど、そういう人はどうか知らんが、常人にとっては、ひきこもってるのも辛いしねえ。誰とも話さないでいると悪い方にばかり考えが向かうし。

 刺激がない、ストレスが全くない状態というのにも、人間は向いてないんである。僕など何週間も誰とも話さないで、声の出し方を忘れたことあるよ。コンビニのレジで、なんかしゃべらないといけないという段になって、自分が話し方を忘れてるのに気付いてびっくらこいたものですた。 僕のメールには、もうだいぶ前から返事をくれないんだけれど、やっぱなんか怒ってるのかね。ウーファーつけた車でドライブに行こうという約束はどうなったのだ。

僕にででもなくていいから、生存確認だけさせてくださいませ。生きてるなら、まだひきこもっていたいならしばらくはいいよ。でも、気が向いたら外に出ておいで。

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ここがすずしい

ここがすずしい
メイメイのベストポジションらしい。
今日は暑かったねしかし。

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2008年6月15日 (日)

東京から帰りました

大蟻食さまこと作家、佐藤亜紀の明治大学特別講義、今年度第二回に行く。
講義は絵画を題材にしたものであった。詳細はいつもどおりのちほど。

うちあげは大騒ぎであった。今は反省している。

 まーさんが、僕の曲「風のワルツ(仮)」のイメージ画をくれた。色までつけてくれた。今、にやけながら見ている。少女が風に吹かれ、目を閉じている。何か祈っているようにも見える。
 この曲は、僕がメロディを書き、アレンジをしたが、歌詞を書いたのはユーコさまである。
 僕は曲を書くときに何かそこに具体的なメッセージやら情景やらを付与することはない。簡単に言うと抽象芸術の人かなと思っているんだが、できあがったあとから、何かそういうものを感じることはある。この曲の場合、それが何かは書かないけれど、二人とはそれを共有できているような気がしてとても嬉しい。

 さ、次の曲を書こう。

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